+++ とおりゃんせ  +++

 

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 迷信や少し怖い話しを、子供はなぜ好むのだろう。

 大人になるに連れてそんなものは信じなくなるし、科学で解明できないものは

すべて‘作り話’で、とるに足り無い他愛の無いことだ、と思ってしまう。

 1年、また1年と、現実世界で人と人の間の波に揉まれるたび遊び心は失われ、

目に見える確かなものだけを頼りに生きていくクセがついてしまう。

 たまに、子供心を残したまま大人になる人が存在するが、彼ら彼女らは「ピュアだ」

と誉められることは少なく、かえって社会に適合できない変わり者だと位置付け

られる。

 

 何を信じても、誰からも責められない子供の世界。ああ子供時代。

 

 そんなことをつらつらと考えながら、美苗は満員電車に揺られて半ば呆然と、電車の

車窓を過ぎていく景色に目をやっていた。

 午後6時半。初冬の空はほとんど暮れて、薄暗く重たい空気をかもしだしている。

 ふと、景色から窓に映る自分の姿に目を移した。

 28歳。仕事は事務職。朝のラッシュにも、絶対に座れない帰宅時にも最近少し

うんざりした疲れを感じる。

 つり革につかまらせた片手を意味も無く握りなおす。

 

 疲れた。疲れた。愛想笑いに、過度の我慢。退屈なデスクワーク。

 

 愚痴と言えば、愚痴だろう。仕事にも慣れた20代後半のOLが日々感じている、

意味も無い不満にほかならないかもしれない。自由に使える給与があり、家に帰れば

実家の場合母親が食事を作っている。お風呂もすでにお湯が満杯だ。

 そんな恵まれた環境で感じる、「私こんなはずではなかったのに」という、不満。

 しかし、そういった世間一般のOL女子とは、美苗はやや異なることがあった。

 彼女の母親が、今、危篤であるということ。

 もう意識のない状態が1週間続いている。末期の直腸ガンで、本人には告知して

いなかった。

 美苗の姉で、既に結婚して家を出ている千春がつききりで看病している。自宅から

近い総合病院なので、美苗も仕事帰りに必ず寄って9時近くまで付き添うという日々を

送っていた。

 あと2週間はもたないでしょう。

 医師から告げられた言葉。美苗も父も姉も、目の焦点が合わないようなぼんやりと

した表情でそれを聞いた。

 

 あと5分ほどで降りる駅に着く。その時、うっすらと陰った外の景色に、ぼんやりと

浮かぶ小山と鳥居が美苗の意識に飛び込んで来た。

 ああ、あれは・・・・・・。

 普段なら当たり前過ぎて気にならない、昔からある近所の小山とその斜面にある

長い階段、そして鳥居。よくその場所で遊んだものだ。

 駅に着いて、人の波に押されるように美苗はホームに降り立った。コートのポケットに

両手を突っ込んで、少しうつむき加減で歩きながら、不思議に思う。

 なぜ今日に限って、あの風景がやけに気になったのだろう?

 その時夜風が勢いよく吹き、パサリ、と美苗の髪が彼女の顔にかかった。左手で

髪を耳にかけながら、美苗はなおもうつむいたままだった。

 

    

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