+++ とおりゃんせ  +++

 

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 「とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこの 細道じゃ」

 美苗が小学校4年生の頃、これら童謡の歌詞は実は怖い意味がある、

というような俗説が流行り、ただでさえ怖いもの好きの児童たちにとって

それはかっこうの‘話題’であった。

 美苗が通勤帰りに、妙に目に飛び込んできた石段と鳥居。

 その鳥居の先に、何があるのか美苗を含む子供たちは、ついぞ知らないまま

成長した。

  「その鳥居を右足からくぐると、一生不幸になる」

 そんな言い伝えが、いや噂話が地元の小学生には固く信じられていたからで

ある。美苗が知る限り、誰一人として鳥居を(例え左足からでも)くぐり上に何が

あるのかを確かめた勇気ある子供は、いなかった。

 薄暗い山、長く古い石段、年代がかった鳥居。見かけも怖い要素がたっぷり

だったその場所だ、この噂話を子供たちが信じるのも無理はない。

 その鳥居は、子供たちから略して‘とおりゃんせの鳥居’と呼ばれていた。

 

 今、美苗はとおりゃんせの鳥居の前にいた。しかも、小学校4年生の時の自分を、

今の自分がどこかで見ている。

 あ、あれ私だ。子供の時の私だ。私の周りには、いつも放課後つるんでいた仲間

たちが、変わらずいた。

 みなこに、ルミ、ミホ、なっかん、荒倉くん、森山くん、沢渡くん、花山くん。

 「おまえ、くぐれって」

 荒倉くんが、花山くんをどうにかして鳥居の下に引っ張りこもうと躍起になっていて、

花山くんは本気で怖がって引っ張られるランドセルを、反対方向へひっぱっている。

 美苗たち女の子は、みな「ウフフ」という顔をしてその光景を見ている。

 懐かしいなあ・・・・・・。

 美苗は、なぜかウマが合いよく遊んだこのメンバーを1人1人見渡した。

 全員、中学校まで一緒の学校で、それからはちりじりになってしまい、今では風の

頼りでさえも消息を聞かない。

 それほど、幼い時の仲間だった。

 「とおりゃんせ とおりゃんせ」

 今にも身体を鳥居の下に押さえこまれそうな花山くんの恐怖感をあおぐかのように、

森山くんと沢渡くんが声をあわせてとおりゃんせの童謡を歌っている。

 美苗は吹き出した。あの鳥居の先って、きっと神社でしょ。なぜ当時は、あんな

何も根拠の無いことで盛り上がったのかなあ。おもしろおかしい、そんな時代だったな。

 

 ギイ、とドアが開く音がして、美苗はハっとした。身体がフワフワした雲の上から、

急に地上に降り立った感覚だ。

 父親が、美苗の部屋のドアを開け、中を伺っているようだった。眠っていた美苗の

部屋の中は真っ暗だったので、廊下の明かりを背後に受けた父親がどんな表情を

しているのか、すぐには美苗には分からなかった。

 父親は、低い声でこう言った。

 「美苗。母さんが、たった今。駄目だったよ」

 

    

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