+++ 鳥はどこへ行く +++
−5−
手をあててみると、どうやら私の髪が後ろの誰かに引っかかっている
らしい。ボタンか何かに絡むことが、よくあるのだ。
「あ、すみません」
と、背後でおじさんの声がして、やがて髪が開放された。バカね、気を
つけないと。という女性の声がし、それに答えるスマンスマン、というおじさん
の声もした。
「ごめんね」
改めて私に対して女性の声がしたので、私はなるべく後ろを振り返って
イエ、と頭を下げた。
ブーッと、小鳥の吹き出す声がした。
「なによお」
「だって、お姉ちゃんってけっこうトロイんだもん」
「トロイって、なによお」
その時またちょっと向こうの方でブーッと吹き出す声がした。見ると、正道が
思ったより近くに立っていて、私たちの会話に吹き出していた。
「コノヤロ、明日覚えとけ」
と、彼に向けて小声で言うと、小鳥が注意深く声を潜めて私に言った。
「あのお兄ちゃん、なかなかイケテルじゃん」
花火が一番よく見える場所は、筑紫川という大きな河川の土手だったが、
既に人で埋まっていた。
ううん。と私と小鳥はちょっと悩んだ末に、2人分だけスペースが空いている
場所を探し出しそこへ向かった。
「よいしょっと」
腰を下ろしながら私は周りを見渡した。知った顔がいないかな、と思った
けれど、こう人が多いければ見つけるのも困難だ。
前を向くと、夜の闇を映した黒い河の水面に、満月に近い月がユラユラと
漂っているのが見えた。
ふっと、周りのざわめきも夜店の音も何も聞こえず、私は思わず幻想の
世界へと入りこんでしまったような、そんな気持ちになってしまった。
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