+++ 神話を乗せたエレベーター +++
−1−
2004.11.2 PM5:23
初冬の夕暮れは早い。分刻みで、まさに刻一刻と空は暗くなっていく。
平川明日香は、24階のオフィスフロアに下りのエレベーターが到着
するまでの間、廊下にある大きな窓から見える肌寒い都会の空を見つめていた。
ピン、とエレーベーターのドアが開き、彼女は乗り込んだ。帰宅時だ
というのに、珍しく誰も乗っていない。
その一人きりの空間で意味もなくホっと一息つき、背中をエレベーターの箱に
もたれかけさせ、見るとはなしにじっと降りていく階数の表示を眺めた。
今日も疲れた。そうつぶやく。
昇進のため、本社での面接や試験をクリアしたのが今年の4月。それ以来、初めて
できた部下と新しい上司の間に挟まれる苦労を感じながら、明日香はハードワークを
こなしてきた。趣味は仕事・・・・・・そう言うと人からは‘本当は嘘でしょう’、と思われがち
だが、彼女の場合ちょうど今、仕事が面白くなり始めた時期でもあったので、それは
あながち嘘でもなかった。
ピン。13階でエレベーターが止まった。扉が開き、スーツ姿の男性が乗り込んで
きた。すると、その男性がはっとした顔で明日香を見下ろした。
ええと・・・・・・、と、彼女は頭の中の顔写真データをフル回転で動かしながら
考える。誰だろう・・・・・・と、眉間にしわを寄せたとき、クルリとその男性は180度
回転し、明日香に背を向けた。なんだなんだ、と心の中でつぶやき、その男性の
背中を少し盗み見た。
微妙に張り詰めた感のある空気が、エレベーター内に漂った。そして電光表示が
5階に差し掛かるころ、突然また男性が振り返った。
「これから暇ですか」
「は」
条件反射で問い返すと、男性は鋭めの眼光をさらに鋭くさせるような表情をして
こう付け加えた。
「メシでも食いに行きませんか」
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