+++ 神話を乗せたエレベーター  +++

 

−2−

 2004.11.2 PM5:45 

  JRに乗り込み、帰宅ラッシュのために満員になった車両の中で揺られながら、

明日香はずっと考えていた。

 

 「さっきのは何だったんだろう?」

 

 彼女の常識から考えて、唐突過ぎる。そもそも知らない人だ。怪しい感じがする。

 ‘こういう者ですけど、よかったら今夜7時に第一ホテルの一階レストランに来てください’

男性はそう告げ、明日香に名刺を渡し、足早に去っていった。

 株式会社アステム、営業部主任、望月優作。

 

 第一ホテルって、まさか上に部屋でも押さえなどして連れ込まれたらどうしよう。

 明日香は今年30歳。もういいかげん夢見る少女でも生娘でもない。男というもの

の本性を知っている。あの男性は、相手(つまり明日香)が自分のことを知らない

だろうといことを承知の上で誘っているのだ。危険かもしれない。

 「私を誘う理由は何なの?まさか一目惚れしました、なんて言うんじゃないで

しょうね。まさか。いい大人が、いまさら一目惚れなんて。」

 つり革を握り締め、ブツブツを文句をつぶやく明日香を周りの乗客が訝しげに

見ていた。

 

2004.11.2 PM6:05

 一人暮らしをしているマンションまでの道をコツコツと歩きながら、明日香は

携帯電話を取り出し友人の一人である幸恵に電話をかけた。

 さきほどの出来事を話し、どうしたらよいのか、と教えを仰いだ。

 「え?明日香は怪しいと思って、そのレストランには行かないつもりなの?」

 「だって」

 「だから、30にもなって彼氏の一人もできないのよ」

 呆れたような幸恵の声に、明日香は一瞬携帯電話を耳から離してマジマジと

プッシュボタンを見つめた。そして我に返ったように耳にあてる。

 「なに?どういうことかな」

 「だから。男と女には、そういうチャンスをモノにしないとうまくいかない瞬間が

あるってことよ。そもそも、出会いをえり好みしている身分でもないでしょう?」

 幸恵の毒舌はいつものことなのに、なんとなく傷つくな、と内心思いながら、

明日香は適当に話をあわせて電話を切った。

 マンションにつき、オートロックのエントランスのドアを開け、エレベーターに

乗り込み10階を押す。思わず、先ほどのエレベーターでの出来事を思い出した。

 突然すぎて、相手の男性の顔などよく覚えていない。

 ただ、背幅ががっしりとしていたことは思い出せる。広い背中だった。

 ぶるぶる、と頭を降って、また携帯を取り出し電話をかけた。今度は、高校時代の

友人である多佳子。彼女は主婦で、2児の母親でもある。

 幸恵のときと同じように事の顛末を話し、どう思う?で締めくくった。

 「それはちょっと怖いわねえ」

 電話の向こうで、目を細める多佳子が想像できる。

 「でしょう?唐突過ぎて、なんだか嘘の匂いがするのよね」

 「分かる分かる。それに今の世の中、すぐに殺されちゃったりするから、本当に

信用ならないよね」

 多佳子はやっぱり分かってくれるんだ。安堵しながら、気持ちが先ほどの男性

に対して否定的に傾いていくのを感じた。

 「でもね」

 多佳子の背後で、子供たちがなにやら喧嘩のような騒ぎを起こしている声が聞こえる。

 「私のような主婦から見たら、そういう出会い・・・・・・っていうの?きっかけ、かな、

って、まったくないし、もちろんあってはいけないことだから。逆に羨ましいのよ。

独身の特権、とでもいうかな」

 彼女にしては珍しい物の見方だ、と明日香は思った。

 「だから、その特権を無下に捨ててしまうのも・・・・・・ねぇ」

 そう多佳子が言葉を濁すのを聞きながら、そういうものかしら、と小さくため息をついた。

 

     

 

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