<<< 喫茶店 毬藻 >>>

-撃たれる・5−

 

 その日は朝から激しい雨だった。肌寒さが、いっそう感じられる。

 朝一番で店に訪れる才田は、その日も黄色いジャンパーの襟をたててやってきて、いつもの

ようにモーニングセットを食べた。

 そして帰りがけ、「優妃ちゃんどうしたの」と毬藻に耳打ちした。

 午後3時過ぎには、がむしゃらに働いている休息にと芽衣がやってきた。

 優妃を一目見た瞬間、カウンターの向こうの毬藻の袖をひっぱりこうささやいた。

 「ねえ、優妃ちゃん何かあったの?」

 午後4時過ぎには帰ってきたいっくんでさえ、いつもなら優妃とじゃれ合って遊んでくれとせがむ

のに、今日はもじもじとしたまま、すぐに2階へあがってしまった。

 誰もがおかしいと思ってしまうほど、今日の優妃は心ここにあらずでぼんやりとしていたのだ。

 4時50分を過ぎて、一層雨は激しくなった。客足も、ここ1時間ほど止っている。

 「さてと」

 と、毬藻店長がつぶやいた。

 「今日はたぶん、あんまりお客さんも来ないわね。優妃ちゃん、もうはあがっていいわよ」

 ハイ、と返事をしエプロンを外す優妃に、毬藻店長は手もとの料理の手をゆるめずに声をかけた。

 「赤野さんの個展、行った?」

 「いいえ・・・・・・」

 「期間、いつまでなの?」

 「今日までです」

 そこで初めて、毬藻店長は手を止めて、コンロの火も止めて、優妃の方へ向き合った。

 「きっと赤野さん待ってるわよ。行ってきたらどう?」

 店長は、まるで子供を諭すような、妹を戒めるような、友人を励ますような、そのどれとも取れる声で、

優妃に語りかけた。

 その毬藻の声を聞いた瞬間、優妃は行こうと決めた。確か最終日は午後7時までと書いてあった。

 ここから地下鉄に乗って2つ目の駅。降りてすぐのビルの2階。ビルの場所を、優妃は覚えていた。

 店のドアを一歩出ると、激しい雨の音が耳を包んだ。優妃は傘を差しながら、グレーの雲を見上げる。

 

 行かないことが、果たしてあなたにできたの?だいたい、どれぐらい長い間赤野さんの顔を見ていないと

思ってるの?いくら撃たれるからって言ったって、これ以上我慢できるの?

 

 優妃は自分にそう問いかけ、思いきって豪雨の中足を踏み出した。

 

 目的の駅につき、路上に出た優妃は、肌寒さにコートの襟を片手でつかんで、足早に進んだ。

 雨は容赦なく降り注ぎ、膝までのスカートに黒いタイツの優妃は寒さに震えた。

 そのビルは、レンガ色のおしゃれなビルだった。1階に紳士服の店舗があり、脇に階段がある。

 傘をたたんでそれをのぼると、そこには大きなガラス戸があった。

 そのドアの前に、「keita−akano」と書かれたボードがある。近未来を想像させるビル群を撮ったモノクロ

の写真を、無造作にピンでボードにとめている。赤野らしいセンスが光っていて、優妃は小さく吐息をもらした。

 

      

 

 

 

 

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