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-撃たれる・4-

 

 翌日の定休日、優妃は雅也の病院に出かけた。雅也の母親とバトンタッチで交代した日から

もう1週間もたっている。雅也の母親は、九州に帰っていることだろう。

 病室に顔を覗かせた優妃を、雅也は読んでいた雑誌を脇にどけて微笑んで迎えた。

 彼はだいぶん快方に向かっている。ただ移動は、車椅子を使わないと無理だった。

 外の空気を久しぶりに吸いたい、という雅也の言葉もあって、優妃は彼の乗った車椅子を

押し病院の中庭まで出かけることにした。

 10月も半ばになっている。肌寒い風が吹いていた。

 「寒くなったな」

 優妃は、うん、と相槌をうった。庭が見渡せる所にベンチがあった。優妃はそこで車椅子を止め、

自分はベンチに腰掛けた。

 しばらく、吹く風に飛ばされる木の葉を2人で見ていた。カサカサカサと音をたてて、茶色くなった

葉っぱが転がっていく。

 「優妃、九州に帰らないか?」

 突然、雅也の口からそんな言葉が出た。

 あまりに突然だったので、優妃は目を細めて雅也の方を見る。

 「俺、この事故で、色々考えたんだ。こっちにでてきて仕事して・・・・・・。仕事も生活も、どこか背伸び

してないか?って考えたんだ」

 少し強い風が吹く。優妃の髪をなびかせた。

 「九州で、一緒にやりたいこと探さないか?」

 「・・・・・・」

 雅也は、来ているトレーナーの袖を意味もなくひっぱたりつかんだりしていた。そして、それをふいに

やめ、優妃の方を向いた。

 「虫がいいのは分かってるんだ。だけど、俺が九州に帰ったとき、やっぱり横には優妃がいるっていう

のが俺にとって当たり前のことに思える」

 優妃は何も答えず、ただじっと真っ直ぐ前を向いていた。時折風に吹かれる木の葉を目で追っていた。

 

 「優妃ちゃん、あなた宛ての郵便」

 毬藻店長が、外のポストから郵便の束を持って店に戻ってきた。ハイ、とカウンターに置かれた手紙を、

果物を切っていた優妃はすぐには手に取れなかった。

 けれど、封筒に印刷されていた文字が、優妃の目に飛び込んできた。新渚社。

 タオルで手を拭いて、封書を手に取った。

 しばらく身動きせずに読んでる優妃に、毬藻店長は小さな声で話しかけた。

 「何事?こっちに優妃ちゃん宛ての郵便が来るって、珍しいわね」

 「・・・・・・赤野さんからです」

 「赤野さん。久しぶりね、夏以来、全然最近見ないわね」

 「個展を開くからって、その案内が入ってました」

 優妃はパソコンで打たれた案内の手紙と、その余白に書かれた赤野の文字を見つめた。

 ‘元気にしていますか。やっと個展にこぎつけました。暇があったら来てみてください’

 大きな、少し右上がりの字だった。

 「個展かあ。彼もプロだものね。行っておいで、それはぜひ」

 「・・・・・・行きたくないんです」

 「え?」

 毬藻店長は、優妃の横顔をじっと見詰めた。優妃は唇を噛み締めているように見える。

まるで、行きたくないと言ったら行きたくないのだ、という意志を表しているようだった。

 毬藻店長は、少し途方に暮れて、優妃のその横顔をしばらく見ていた。

 

 毬藻店長の視線を感じながら、優妃は心の中で繰り返した。

 行きたくない。赤野の側には、行きたくない。

 撃たれることが分かっているから、撃たれた瞬間の自分がどうなるか予想できないから、

行きたくないー。

 

      

 

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