<<< 喫茶店 毬藻 >>>

-撃たれる・3-

 

  「明日の定休日は、優妃ちゃんなにか用事ある?」

 自分に話しかける芽衣の声で、優妃は初めてハッとしたように瞬きをした。気がつくと、

カウンターの横にあるレジの前に突っ立っていたらしい。慌てて、芽衣の方を見た。

 「え?すみません、今何て言いました?」

 「だーいじょうぶ?さっきお客さんが精算してから、3分はそこに立ってたわよ」

 芽衣がおもしろそうにイスにふんぞりかえり、優妃をからかう。毬藻店長も、不思議な顔をして

気遣わしげに優妃を見やった。

 「明日、何か用事ある?」

 再度、芽衣が訪ねる。

 「あ、明日はちょっと・・・・・・。何かあるんですか?」

 「いやいいのいいの。暇だったら、この前優妃ちゃんも来てもらったあの主婦のお宅にまた行くから、

どうかな、と。珍しいお菓子が出るからね、お菓子狙いででも、と。でも用事あるんだったらイイヨ」

 優妃はもう1度謝って、先ほど店を出た3人組みの客が飲んだコーヒーカップを下げに行った。

 キッチンまで戻ってきた優妃に、カウンターから芽衣が声をかけた。

 「ねえ優妃ちゃん、この前、きれいな花束持って大通り歩いてなかった?」

 「え。見かけました?私」

 「うん。夕方。」

 女性の客が1人入ってきた。窓際に席に座る。優妃はメニューとお冷を用意しながら、芽衣に笑いかけた。

 「友達が入院してるんで、そのお見舞いに行く途中だったんですよ」

 「そうだったんだ」

 そのことはそれっきり、話題にはならなかった。でも優妃は、芽衣の口からいつ次ぎの質問が飛び出すか、

内心冷や冷やしていた。

 

 そんな優妃を、毬藻店長の方が鋭く見抜いていたようだ、午後5時半を過ぎて客足が途絶え、芽衣もいな

いタイミングをはかって、こう聞いてきた。

 「優妃ちゃん、ここのところ、何か悩みがあるの?」

 笑ってごまかそうとすると、真っ直ぐに立って優妃を見る毬藻店長がいた。夕日の日差しが店内に差し込

み、毬藻店長の優しい目をさらに柔らかい色に変えていた。

 優妃は、店長には嘘をつく気が起こらず、昔の彼氏が入院している、そして陸上時代の監督から、誘いを

受けている、と手短に説明した。

 「そう・・・・・・昔の彼氏のこと、複雑よね。できればあまり接触を持ちたくないんでしょ?」

 「そうなんです・・・・・。別に、自分の気持ちが彼に惹きつけられそうだとか、そういったことではないんです」

 「ただ、吹っ切れているのかどうか試験を受けているようで、嫌なんじゃない」

 優妃は頷いた。

 そして、次の毬藻店長の言葉に、胸をグンとつかまれた。

 「そして、陸上の世界に戻ることが、何より怖いの?」

 

 何より怖いの?何より怖いの?

 優しい毬藻店長の声が、優妃の耳にこだました。

 

      

 

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