<<< 喫茶店 毬藻 >>>
−フデバコ・3−
「へええ、優妃ちゃんがそんな問題抱えているなんて思ってもみなかったわ」
「えっ」
突然何を言い出すのかと、優妃は目の前のカウンターに座っている芽衣を凝視した。
「え!」
芽衣はおもしろそうに、果物ナイフを持ったまま呆然としている優妃を目を丸くして見上げた。
「何のことですか?芽衣さん、突然どうしたんですか?」
「いや・・・、何となく今思ったの。優妃ちゃんって、見かけとは違って背後に大きな影があるような気がしてさ。
だって、Y大出でしょ?そんな人がこんな街の片隅にある喫茶店で働いているなんて、何かあるって思うわよ」
「こんな喫茶店で悪かったわね」
優妃の隣りでコーヒーを入れていた毬藻店長が、カウンターに身を乗り出して芽衣に文句を言う。高校時代
の同級生と言う2人は、こんな軽口が叩ける関係だ。
芽衣は驚くべき観察眼を持つ人間で、いつも優妃は驚いている。例えば、今奥に座っている客は家族がたく
さんいそうだから、おみやげにケーキを5、6個買って帰る、だとか、あの人待ち顔の男は来る女に指輪を渡す
はずだ、とか、芽衣が予言したことはほとんど的中している。
優妃は密かに心の中で芽衣のことを、カウンターの超能力者と呼んでいる。
「さあてこんなところで油を売っている暇ないんだった!」
芽衣はばっちりと着こなしたスーツの襟をただし、小さな手鏡を取り出して口紅をチェックする。
また言ってる、と毬藻店長がブツブツ隣りで文句をつぶやく。温厚で丁寧な店長がこんな地を出す時が、と
ても興味深い。
じゃあね、と、下着のサンプルがたくさん入ったバッグを下げて芽衣は出ていった。彼女は大手下着メーカー
の販売員。そのメーカーは芽衣のような販売員が、草の根的に売り歩くやりかたで成功している。芽衣は、どう
やらこの地区では一番の売上を誇るやり手らしい。近々自分で販売員を教育するポジションに昇格すると言って
いた。
芽衣と入れ替わりに、大学生のグループがどっとやってきた。彼は若い人たちは、ここのケーキがお目当てだ。
しばらくは忙しく接客に追われた。
優妃が家に帰りついたのは午後6時を回った頃だった。部屋に入り、スプリングコートを脱いでテレビのリモコン
をつける。
「仙台市内で昨晩、覚せい剤所持で逮捕されたこの無職の19歳の男は・・・」
ニュースが聞こえてきて、優妃はギョッとした。19歳。類と同じ歳だ。覚せい剤にも、以前手をつけていた。また、
あの子じゃないだろうか。
心臓の鼓動が異様に速くなる。胸に手を当てて優妃は床に座った。落ちつけ。何かあればまず身元を割り出さ
れて、実家に連絡があっているはず。そうしたら、お母さんはまず私に言ってくるはず。だから、これは違うに決
まっている。だいいち、行方が知れないといっても仙台にいるとは限らない・・・。
そう思うと、急にばかばかしくなって優妃は大きなため息をついた。そのため息は、彼女の部屋で大きく響いた。
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