<<< 喫茶店 毬藻 >>>
−ファインダー・4−
優妃が思っていたより早く、赤野は彼女の前に現われた。
朝赤野が訪ねてきた日から2日後、優妃は近いビルの中に入っている事務所にランチを届けに行った帰り、
夏の日差しにうんざりしながらも花屋の店先に出された花々を見ていた。
エプロンのポケットに両手を入れて、顔なじみのアルバイトの女の子と花の名前について話しをしていた時、
ふいに自分の名字を呼ばれた。
「恩田さん」
驚いて振り向くと、目の前の道路で信号停車している車の窓が開いて、男が顔を出した。
黒いスポーツカーのような車に(優妃は車に詳しくないので車種など分からなかった)サングラスをかけた男。
誰だかちょっと分からず、優妃は声が出せなかった。
サングラスを外して、眩しそうな顔をして優妃を見た。赤野だった。
「こんにちは」
真面目な顔をして、ニコリとも笑わずに赤野はそう声をかけた。
「こんにちは・・・・・・」
怪訝に思った優妃は、同じように眩しそうな顔をしてその場に突っ立った。
信号が青になったらしく、後続車がクラクションを鳴らす。
「勤務時間は、何時までですか?」
サングラスをかけながら急いだ口調で赤野がそう言うと、優妃は思わず
「5時過ぎです」
と即座に答えた。分かりました、という風に頷いて、一礼して赤野は車を発進させた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あまりに突然で、また急に去って行ってしまったので、優妃と花屋の女の子はしばらくぼうっとした。
「・・・・・・優妃ちゃん、今の誰?知ってる人?」
「え?」
「なんか、すごいかっこいい人と知り合いなのねぇ。優妃ちゃん見る目が変わるなあ」
興奮したように赤い顔をして、花屋の女の子はうっとりと赤野の車が走り去った後を見送っている。
「なんで私の名字知ってたんだろう・・・・・・」
優妃は、そうつぶやいた。
そしてその日の午後4時55分。客足も途切れて、今日は時間通り帰ることができそうだと優妃が思った時、
店のドアが開いた。
「いらっしゃいま」
そこまで言って、優妃はぎょっと息を飲んだ。赤野だった。
毬藻店長に挨拶をして、窓際の席に座った。優妃は、なぜか緊張で手が冷たくなっていくことに気がついた。
緊張。そう、赤野の前に出ると、まるで何もかも見透かされていそうなそんな緊張に襲われる。
優妃はいったん毬藻店長と目線を合わせ、メニューを持って恐る恐る席に行く。
「いらっしゃいませ」
窓の外の景色を見ていた赤野は、気がついたように優妃の方を見上げた。両手は、テーブルの上で組み合わ
せたままだ。
「すまない、すぐに出ないといけないんだ」
やはり。また毬藻店長のご主人のことで、何か嗅ぎまわっているのだろうか?魂胆が見えない。少しカチンときた
優妃は、強気になって言う。
「あの、何のご用なのでしょうか?」
「君、今日はもう帰れるの」
「はい・・・・・・」
「じゃあ俺と一緒に来てくれないか」
「は?」
赤野は、色素の薄い少し茶色の目を、じっと優妃の顔に注いだ。
私は今何をしているのだろう。頭が混乱したまま、都内のある画廊に優妃はいた。
画廊の職員に椅子を勧められ、お茶まで出された。画廊の静かな雰囲気の中、優妃はぼんやり座って、奥の
ほうで写真を撮る赤野の姿を、見た。
半ば強引に連れ出された感じだ。赤野には、人の心を見透かすような雰囲気にプラス、断れないような強引さが
ある。そう優妃は思った。
昼間見た黒い車の助手席に座らされ(座り、というより座らされ、という表現がぴったりだった)、無言のままとある
ビルの駐車場に車を停めた。
急に怖くなって怯えた目をした優妃に向かって、赤野は苦笑いをした。
「悪かったね、怖がらせて。怪しいところじゃないんだ」
笑った時、鋭い眼が一瞬魅力的に細くなった。優妃は、無遠慮な目にあっているのにもかかわらず、なぜか赤野を
信用する気になった。
「ちょっと、1時間ほど仕事につきあってくれるか?早く終わらせるから・・・・・・」
そういうわけで、今優妃は画廊にいる。不思議だった。
喫茶店で赤野にメニューを出した自分が、一瞬のうちにタイムワープしてこの場所に落ちついているような、そんな
目まぐるしさだった。
赤野は、画廊のオーナーから話しを聞きながら何かメモをとり、また素早く何枚か絵の写真を撮る。優妃が普段使う
ような小さなカメラなんかではなく、もちろんプロの使う大きな立派なものだった。
オーナーと職員に挨拶をして、赤野は優妃の座っている方へ戻ってきた。
「待たせたかな」
そう言いながら、カメラやファイルを大き目のバッグに直す。まだぼんやりと赤野の仕草を見ている優妃に気付くと、
彼は小さく微笑んで椅子から立つよう促した。
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