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−ファインダー・2−

 

 赤野敬太のデスクは、大きな窓を背にしたフロア全体を見回せる所にあった。

 夏の午後、暑い日差しを避けるようにブラインドを下げ、彼はじっと手もとの雑誌に目を落としていた。

 普段は、外に出て取材をするために滅多に編集部にいない彼がじっとデスクに座っているので、彼の部下達

はこっそりと彼を観察していた。

 

 赤野は、こうやって人からよく観察される。

 まず、彼の経歴が珍しい。もともと写真専門で、カメラマンとして他雑誌に配属されていたが、その写真の芸術性

を認めた現「アートノイズ」の編集長、山崎が、彼を引き抜いた。

 そして、容姿。背が高く、手も足も大きいがっしりとした体つきは、どこか日本人離れしていた。

 加えて、髪型や服装も、感覚が研ぎ澄まされているだけあって垢抜けて趣味のいい清潔さを出している。

 気軽に声をかけづらいところが、また女子社員の注目を集める秘訣となっているらしい。

 当の本人は、そんな風に思われていることや見られていることに、一向に気付いていない。

 「赤野君」

 編集長の山崎から呼ばれ、赤野は読んでいた雑誌を閉じて席を離れた。

 「ねえ、赤野さん、いったい何をあんなに熱心に読んでいたんだろう?」

 先程から赤野の様子を盗み見ていた女子社員2人が、顔を寄せ合って話している。

 「見てきてよ」

 「ええー。露骨に見れないよ」

 「ブラインド触るフリしたらどうよ」

 そんな会話の後、一人が素知らぬ降りをして赤野のデスク後ろにあるブラインドを、一度開けてまた閉じた。

 戻ってきた彼女に、待っていた方が嬉々として聞く。

 「どうだった?」

 「‘ATHLETE’だった・・・・・・」

 「アスリートぉ?それって、赤野さんが前いた所の雑誌じゃない」

 「もしかして、また古巣に戻るとか?!」

 2人は顔を見合わせ、さも大問題だというような表情で考え込んだ。

 

 さっきまで体を動かしていたので、急に立ち止まったようになった優妃は胸元を一筋の汗が流れるのを感じた。

けれどそれは、冷汗でもあった。

 「ごめん。来た」

 そう言って、雅也はすまなさそうな顔をした。スーツ姿ではなく、ジーンズにTシャツという、学生時代から変わらな

い定番の格好だった。

 優妃は急に冷静さを取り戻し始めた。先程は、いきなりだったので驚いただけ。そう自分に言い聞かせる。

 「仕事は?」

 何気なく聞く。雅也は、肩をすくめてポケットに手を突っ込んだ。

 「予定があったんで休みをとったんだけど、急にそれがキャンセルになったんだ。だから、優妃がどうしてるかと

思って訪ねてみた」

 「デートがキャンセルになったの?」

 思わず口から出たその言葉を、優妃は我ながら嫌な女の言う事だと思った。雅也は苦笑いをした。

 「違うよ。彼女なんていないよ」

 「・・・・・・恵子さんは?」

 「半年前に別れた」

 だから?と、よほど口に出しそうになった優妃は、努めて平静を装った。あれだけ盛りあがった雅也と宮地恵子が

別れるはめになったのは到底信じられないけれど、だから今更私にどうしろと言うのだろう。

 「ごめん、家には入れられないの」

 いつまでもドアの前から動かない雅也に、優妃は冷たく言った。彼はその優妃の調子に傷ついたふうもなく、そういう

態度に出られることが当然だと割り切っているようだった。

 「じゃあ、どこか違うところでちょっと話さない?」

 表情豊かな、よく動く雅也の目に笑いかけられて、優妃は断ることができるはずがなかった。

 幼い頃から見慣れて頼りにしてきた、雅也の目の表情。もう何年も彼の顔を見ていなかったという事実は、この瞬間

優妃の頭から消えてなくなった。

 やはり、彼は自分にとって一番身近な存在だったのだ。

 ビルを出て、近所のカフェへ並んで歩きながら、優妃はこうも思った。身近な存在‘だった’という所が今の私には

重要だ、と。

 身近な存在‘だ’、ではない、‘だった’。

 

      

 

 

 

 

 

 

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