+++ 帰省   +++

 

−1−

 「大いに福岡の言葉で話そう会」という名前は、お調子者の高崎が勝手に

命名しただけであって、この集まりの正式名称ではない。

 言うならば、‘福岡県が故郷である、東京在住20代から30代の友達の輪’

となろうか。

 月に1回ほどのペースでおいしいと評判の様々な店に集まり、近況を報告

しあう。飲み会だ。

  「みんな、だいたい集まったとかいな。そろそろ始めたいっちゃが、

いいとね?」

 高崎がグラス片手に立ち上がる。年の瀬も押し迫ったある12月の土曜日。

今夜も18人集合した。都内各地に散らばっているこの仲間たちは、主に

高崎から送られてくるメールの日時に、なるべく仕事や他の都合を合わせ、

参加してくる。 それほど、彼ら、彼女らにとって居心地のいい空間だった。

 「それでは。ええっと。そうやね」

 高崎は大げさに咳払いをする。クスクスと、笑いが起きる。

 「今月1ヶ月、みんな会社や学校で色々あったやろ。大事な仕事の場で

こみ上げてきそうになる方言を飲み込んでストレスを溜めとらんかいな。

皆はそれはなかね。古瀬だけっちゃんね。古瀬はいっつも苦しかろうね」

 立ち上がると天井に頭がつきそうになる高崎の顔を見上げながら、一同はドっと

笑った。

 地方出身者は、東京に出てくると一様に、故郷の言葉を使わなくなる。地方の

人間だと気づかれたくないため、この都会に1秒でも早く馴染むために始めは

押し殺していた方言は、だんだんと自然に、口をついて出なくなる。

 けれど、この高崎は断固として、彼の出身である博多の濃い方言を使うことを

辞めなかった。彼の職業が理容師という、客商売だったのでそれができたの

かもしれない。客たちは、彼の方言が珍しく、そしておもしろく、また彼と話しが

したいと思い通い続けるのだ。たまたま福岡出身者が彼に散髪してもらい、この

飲み会に来始めた、というパターンも多い。 

 「ストレス解消、憂さ晴らし始めるったい。乾杯!お疲れ様!標準語禁止!」

 また笑いが起き、皆がグラスを合わせる。ここにいる誰もが、自然と福岡の方言

でしゃべりだす。それは、このよく方言を喋る男に影響されるということもあるし、

まるで地元の高校の同窓会のような雰囲気がかもし出す、一種のマジックだった。

‘方言を みんなでしゃべれば 怖くない’、誰かが川柳のようないい加減な句にして

言ったときは、言い得て妙だ、と拍手喝采を浴びた。

 また、ここに集まる人間のほとんどが、都会に出てきて7,8年目、そろそろ粋がる

時代を過ぎて、ありのままの自分を認める時期に差し掛かった年代、ということも

ある。彼ら、彼女らは、そろそろ今まで封印して敬遠してきた方言が、懐かしく

そして貴重に思えてくる年頃だったのだ。だからこそ、気兼ねなくその方言を喋る

ことができるこの場が、楽しくて仕方ないのだった。

 

 その賑やかな雰囲気の中で、結城初音は静かに料理を口に運んでいた。彼女は、

この集まりの仕掛け人・・・・・・というのは彼女のタイプからして大げさだが、元祖だった。

彼女と古瀬の2人が「同じ故郷同士、ちょっと飲み会しましょう」というところから、

始まったのだ。

 高崎のように目立つ人間ではないけれど、微妙な日程の調整や仲間たちのよろず

相談相手など、縁の下の力持ち、という存在で信頼されている。

 今日は、時折、回りの友人と会話をしているが、もともと物静かな性質に輪をかけて

心ここにあらずの感じで目をきょろきょろさせている。

 既に酔いが回っている高崎が、初音に近づいてきた。

 「ん、結城、なんか元気ないっちゃない?」

 「今日は仕事が忙しかったったいね。やけん、ちょっと皆の勢いに押され気味

なんかもしれんっちゃん。」

 彼女も、高崎と同じ博多の出身だった。区は違うが、意外に近い場所で育っている。

高崎と話すときは博多弁オンリーにしなければ必ずや突込みが入ってくるので、

彼女は何も考えなくてもスラスラと口を突いて出てくる方言で喋った。

 ふんふん、と頷きながら初音の顔を見ていた高崎は、急に解した、というような表情を

して初音に耳打ちした。

 「匠やろ?遅かね、あいつ今日はどげんしようとや?」

 「仕事が忙しいっちゃないとかいな、この前も」

 初音が言葉を発している最中に、個室のふすまを開けて男性が女性を伴って入って

来た。

 「古瀬さん、遅い」

 「匠、待っとったとよ」

 いっせいにブーイングを浴びた古瀬は、そして次の瞬間皆の目が自分の隣に立つ女性

に注がれたことに気づいた。

 「ああ、こちらは友成さん・・・・・・」

 「美香です。友成美香です」

 古瀬の言葉を引き継いで、はきはきとした明るい声でその女性は言って軽くお辞儀をした。

 「取引先の会社の人なんやけど、今日話していて出身が北九州市て聞いたけん」

 古瀬はこの部屋に入った瞬間から方言モードに切り替わったらしい。その古瀬の変わりぶり

がよほど意外だったらしい、その友成という女性はまじまじと古瀬を見て、はっと気がついた

ような顔をしてまた皆のほうを向いた。

 「北九州は小倉出身です。高校卒業と同時に、家族でこっちに引っ越してきて。今日は

こういう集まりがあるって聞いて、すごく楽しみにして来ました。どうぞよろしくお願いします」

 「ここは標準語禁止やけんね、美香ちゃん」

 高崎の野次が飛び、皆が笑う。友成は失敗した、というふうに舌をだし、

 「そうなん?どうしようか、しばらく帰省してないけ、言葉忘れたっちゃ」

 「出た!北九州弁っちゃが」

 高崎の更なる野次に場は和み、友成は違和感なく皆と談笑している。「彼女美人やな」

と言い合っている男性の声が初音の耳に入った。確かに、友成美香はすらりとした背丈の

洗練された雰囲気が美しい人だった。この部屋に彼女が入ってきたときから男性たちの目は

彼女に釘付けになっていた。

 初音は、自分の斜め前に友成美香と共に座った古瀬を見た。お手拭で手を拭いて、

肩で1つ大きく息を吐いた。彼も今日は仕事に追われた1日だったのだろう。少し疲労した

ような顔だった。ふと、初音の顔に目を止め、「よ」という感じで手を軽く上げた。

 どうも、と初音も笑顔を返した。そして、高崎に、友成を紹介しろと絡まれてる古瀬を

見ながら、彼女は彼に初めて会った日のことを思い出し始めた。

 

  

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