+++  明日への観覧車  +++

 

−1−

 

 冬の日差しが眩しい。乾燥した、雲ひとつない完璧な青空が、私の目前に広がる。

 知らない街の、知らない遊園地、知らない観覧車。

 私は自分でも説明のつかない衝動的な思いに駆られ、1人乗り込む。

 

 ゴトリ、ゴトリと、私が乗る観覧車のゴンドラは不器用な音を立てて数回揺れた。そろそろ

地上が近づいてきたようだ。外の景色を楽しむでもなくいつの間にか、1周してしまった。

 私はため息をついて、側に置いていたバッグを手元に引き寄せ降りる準備をする。

 そのとき、ごく近くなった地上で今最も見たくない男が係員に何やら交渉している場面

を見、慄然とした。

 ここまで、こんなところまで追ってくるのか。

 凍りついた私に、ゴンドラは無常にも静かに、グングン地上に近くなる。係員が大きな声で

男を指差しながら私に向かって言っている。

 「お知り合いですか」

 いいえ。違います。そう叫びたいのに、声が出ない。変わりに、曖昧にそして小刻みに

顔が縦に動いてしまった。そうです、という風に。

 困ったような顔をした係員が、動いたままのゴンドラのドアをガチャリと開ける。そして

風のように男が乗り込んできた。

 ガチャリ。また外から鍵が閉められ、ゴトリ、ゴトリと大きく揺れながらゴンドラは上へ

あがり始めた。

 少し強めの風が吹いてきた。大きくゴンドラが揺れる。外の風の音とは対照的に、この中は

密室特有のシーンというこもった静けさと重苦しい空気が、私を押しつぶしそうだった。

 「私、降りないと・・・・・・。1回分しかお金払っていないのに」

 私の呟きを無視するように目の前の男は、蛇が蛙を見据える鋭い目つきでじっと見、こう言った。

 「俺からは逃げられない」

 私は生唾を飲み込む。そして横を向いたまま反論する。

 「逃げていない」

 「逃げていない?」

 男は不思議そうにそう言って、少し外の景色に目をやり息をついた。切なそうな、やるせなさ

そうな表情を浮かべて外を見続ける。その表情に、彼のことを忘れよう、頭から締め出そうとして

いた私は震えるような感情を覚え慌てて視線をずらした。

 「連絡もいっさい取れないようにして、仕事も休んで、君のご両親さえ君の行く先は知らないと

言う。これでも逃げていないのかい」

 外を見ていた顔を、私の方へ向け、眉間にしわを寄せたままポツリと続けた。 

 「探したよ」

 今度は私が条件反射のように外を見た。観覧車は、ゆっくりとゆっくりと上へ登っていく。

 数分ほど時間がたっただろうか、あともう少しで頂上というところで、私は前を見た。彼は

先ほどからじっとこちらを見ていたようだ、視線がぶつかる。

 「さすがね、こんな所にいる私を見つけることができるなんて。あなた警察の人間だもの、

人を探す嗅覚はやっぱり大したものだわ」

 「・・・・・・」

 口から勝手に嫌味が飛び出す。‘警察の人間’。私が彼の前から姿を消す要因のひとつでも

あることに深く関連する言葉を自ら吐いて、自虐的になってみる。彼は、そのことについて全く

気がつかず、ただ文字通りの嫌味にムッとしたのみだった。

 「君ならこんな街へ行くだろう、君ならこういうときこんな所へ向かうだろうと思いながら探した。

別に職業柄人を探すのが得意なのではなくて、君のことをよく知っているから見つけたんだ」

 そう、と私は冷たく言って、チラリと彼を見た。いつものスーツ姿に薄手のコートを着ていた。

きっと仕事中なのだろうと思う。

 顔に目をやる。疲労がたまったような、少し青白い顔色をしていた。そして、やはりいつもと同じ、

どれだけ疲れていようが眼だけは、精悍な強い光を放っていた。

 ぐっと、身体の芯から彼への愛しさが込み上げ私の胸板を突き上げそうになる。けれど、私は

必死でそれを押さえた。

 「頂上よ」

 私は彼などいないかのように振る舞い、頂上からの景色を眺めた。これで2回目。知らない

街を高い場所から見下ろす。緑が多く、とても美しい街だと思った。

 それからしばらく、私と彼は口もきかずにじっと、ひたすら外の景色を見ていた。

 そろそろ、また地上が近くなる。そんなとき、耐えかねたように彼が口を開いた。

 「俺はただ、君と付き合いたいと言っただけだ。君が好きだと。なぜ返事も言わずに逃げるのか?」

 「あなた私のこと何にも知らない」

 「知っている。君とは20数年の知り合いだろ?」

 「私たちが本当に知り合いだったのは、物心ついてから高校を卒業するまでの数年だけ。たまたま

住んでいる家が近かっただけなのよ」

 「充分だろ。去年偶然君を見かけて、俺たちは数回会った。俺は、昔から君に好意を寄せていた

と自覚した。大人になった君を見てとても・・・・・・なんと言っていいか分からないよ、とにかく、

正式に付き合いたいと申し出ただけだ、それがそんなにいけないことなのかい?」

 「だから、あなた私のこと何も知らない」

 「知るために付き合うんだろう?男と女というものは」

 「だから、あたなたとは付き合えない」

 ゴトリゴトリとゴンドラが大きく揺れ、私は2度目の降りる準備をした。けれど、ふと係員がゴンドラに

近づかないことを不審に思う。そこではっとして、ドアの取っ手に手をやった。

 その手を、ガシリと彼が掴んだ。

 「君と俺の、10回分のチケット代を払い済みだ」

 私は顔面蒼白になって、半分あげた腰をストンと椅子に落とした。外を見る私の訴えるような眼差しに、

係員は不安げに少し上体を起こして確認していた。

 ガタガタ、と、ゴンドラがまた上へ上がり始める。しん、と静まり返った空気の中、両手を腕組みした

彼が呟いた。

 「時間はたっぷりある。君の行動と気持ちについて、詳しく聞かせてもらおうか」

 まるで取り調べのようなその言葉に、私は上へあがっているはずなのに身体は下へ落ちていくような

感覚に取り付かれた。

 

   

 

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