+++ ハイジがペーターに出会うとき +++

 

 −1−

 「先輩、私ハイジが好きなんですよ」

 「ハイジって、‘アルプスの少女ハイジ’?」

 分かっているけれど、私は一応そう聞いてみた。なぜ分かっているかというと、

彼女の携帯ストラップはハイジとユキちゃん人形で、着信音はあのハイジの

音楽だし、この前はネットオークションでハイジのDVD全巻落札したと言っていた

から。

 「はい、小さいころからあのアニメが大好きで、いつか必ずペーターみたいな

人と結婚してスイスに新婚旅行に行くんだって思ってるんです」

 ペーターみたいな人ねえ。私は小さく笑って、手元のパスタをくるくるっとフォークで

巻いて口に運んだ。

 昼休みに、会社の後輩と一緒に近所のパスタがおいしいお店でランチを食べて

いる。この後輩は矢壁サトと言って、入社したてのころは夢ばかり見ているような

ぼんやり気味が部署全体の悩みの種でもあったが、2年たった今ではようやく社会人

としての自覚がでてきたようで私は少し安心している。

 けれども、突然突拍子もないような絵空事のような話をしだすので、こちらとしては

ガクリと肘が机から落ちるような気持ちになるのだが、それもこの子の個性だ、愛嬌が

ある、と思っている。

 今、まさにそのガクリと来るようなことを言った。反面、うらやましくもある。

 いいわねえ、夢があって。そう思う。

 「ちなみに、ペーターみたいな人って、どんな人?」

 「それはですね」

 ちゅう、とセットで付いているアイスレモンティーをこちらがびっくりするぐらい一気に

飲み干して、彼女は続けた。

 「見た目はぼんやり君なんですけど、暖かくて、一緒にいるとせかせかしている自分が

ばからしく思えてくるような、そんなオーラのある人です。でも、案外力持ちで頼りに

なるんですよね」

 うっとりするような目だ。‘なるんですよね’って、誰を思い浮かべているのか、と思った

けれど、きっと彼女のことだ、勝手に頭の中で理想のペーター像を作り上げて動かして

いるに違いない。

 「そうね、アニメのペーターもそんな感じだよね。精一杯力持ちだったし」

 「でしょう?先輩なら分かってくださるって思ってたんだ」

 ‘うふ’、と笑う彼女に合わせて私も‘うふ’、と小首を傾げて大げさに目を細めた。

 そのとき、一人の人物が脳裏に浮かんだ。

 「ペーターみたいな人、身近にいるじゃない」

 「え?誰ですか?」

 「高野君。彼こそ、ペーターがそのまま大きくなった風采じゃない?」

 誰ですか?と顔を輝かせた彼女は、その名前で一気に萎えたような顔をした。

 「高野君は、ペーターとは違いますよ。彼はただ情けないだけです」

 例えた相手が彼女にとって悪かったようで、やけに憤慨した顔だ。そうかなあ、と

私は反論した。

 

 高野君は、彼女と同期の男性社員。特徴はなくあまり目立たないタイプなので

人から誤解されやすいけれど、私は彼の勤務態度の真面目さと朴訥さに非常に

好感を抱いている。

 今どきなかなかああいった若い男性はいない。口の軽い、人に調子を合わせる

新人君はたくさん見てきたけれど、高野君はそういったたぐいとは一味も二味も違う、

と踏んでいる。彼は、きっと大器晩成タイプだ。晩成しなくとも、人間として良い一生が

送れるはずだ、と思うのだ。

 そして、このハイジ好きのサトちゃんのことを密かに想っていることに、私は気づいて

いる。声をかけたいけれどかける勇気がない、といった態度がばればれで、

私はいつももどかしい思いをしている。そしてサトちゃんは稀に見る鈍感娘なので、

その彼のピュアな気持ちに少しも気づいていないのだ。「情けない」まで言って。

 

 ああ、早くペーターとスイスに行って、草原を転げ回りたいなあ、とうっとり夢見心地

の彼女を見ながら、というよりおかずにしながら残りのパスタを食べた。

 

     

 

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