+++ 鳥はどこへ行く +++

 −8− 

 「ただいま・・・・・・、あれ、まだ小鳥帰ってないの?」

 私が家に帰りついたとき、母と父が相変わらず野球中継を見ている

だけで、そこの小鳥の姿はなかった。

 「おかえり」

 母が私のほうを見ていった。

 「小鳥、がんばってるぞ。お前の時以上だ」

 父がわざと私とからかうように言う。最近、父は私に男性の影を感じる

ようで、いつもじゃれたがる。

 「はいはい、私以上ですからね、かわいいかわいい小鳥ちゃんは」

 私がその挑発に乗ってやると、ニヘラ、と酔った目元を嬉しそうに細め

る。男親っておもしろいわあ、と私が呟いて冷蔵庫から麦茶を取る。

 「ご飯食べてきたんでしょ?」

 母が立ちあがってきて、冷蔵庫の前で麦茶を飲む私の前を通り過ぎ、

流しの三角コーナーに枝豆の殻を捨てた。

 「うん。お風呂入る」

 「おーい小鳩、後から父さんと飲まんか」

 「後でね」

 吹き出しそうな母と視線を交わし、私は部屋に向かった。

 カバンを置いたとたん、携帯が鳴った。

 「小鳩、帰りついた?」

 「うん、正道は?」

 「俺も今帰ったよ」

 仕事を終えて正道と待ち合わせてから、先ほどまでの楽しい時間を思い出

して、私は思わず顔を赤らめた。

 色々ととりとめのない会話を交わし、電話を切りたくないお互いの気持ちを

組みとって私たちはつい長電話をする。

 ふと、正道が思い出したように言った。

 「小鳥ちゃん、帰ってんのか?」

 「まだだって」

 「この前の試合、惜しかったもんなあ。」

 私は正道と見に行った玉竜旗での小鳥の姿を、目に思い浮かべた。懐かしい

高校の名前が載った剣道着を着た小鳥が、中央で竹刀を振っていた。

 「思い出すよな」

 「懐かしいね」

 私たちは、きつかったけれどもう二度と経験できないあの高校時代を、

同時に思い浮かべた。

 「小鳥が剣道したいって言い出した時私悩んでて。正道、何て言ったか覚え

てる?」

 正道は少し考えこんで、確か生意気なことを言ったような、と呟いた。

 私は笑って、当時の補習中の15分休み、斜め後ろの席だった正道から

言われた言葉をそのまま言った。

 「誰でも、きついってわかっててスポーツやる人なんておるか?剣道着が

かっこいい、とか、そんな理由で始めるもんだよ。だから、きつくても、

‘自分が好きで始めたんだから’って我慢できるんだよ」

 「・・・・・・懐かしいなあ」

 「思い出すね」

 さっきと同じようなセリフを、私たちは繰り返した。

 今、小鳥はリアルタイムでそれを経験している。私にはもう訪れないけれ

ど、小鳥を見守ることでもう一度あの頃に帰れるような気がする。

 「鳥姉妹・・・・・・」

 思わず私は呟いた。

 「何?」

 正道が聞き返した。昔彼がよく言っていた言葉。私は1人でクスクス笑った。

 

 部屋の外で、「小鳩ー、まだ風呂に入らんのか」という父の声が聞こえた。

 

     

Background photo by  sora ni sakuhana

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