+++ タブー ++++

−2−

 「要するに、タブーよね」

 理乃は、今日1日彼女の頭を離れなかった‘社内恋愛(こと上司との)

はあえて茨の道を歩むようなものである’という事柄を、やはり夜も語らず

にはおられなかった。

 「タブー、ね」

 彼女の従兄は、この落ち着いた照明のレストランの一角で、やけに神妙に

見える彼女の表情を始めは不思議に思ったが、その理由が店内の雰囲気を

かもしだしているほのぐらい照明のせいだと分かった時思わず笑いが込み

あげた。

 「しかし、理乃は、本当の恋愛をしたことがないってことだよ」

 久しぶりに会った従兄である友二からそう言われ、理乃はムッとした。

 「ということは、社内恋愛することが本当の恋愛ってこと?」

 幼い頃から変わらない、どこか超然とした落ち着き払った友二の態度は、

てきぱきとした理乃の波長をたまに苛立たせる。

 「そうじゃないよ。周りの事など気にならなくなるほど、どうしようもない

衝動に突き動かされるのが本当の恋愛さ」

 「それって、単なる性の衝動じゃないの?」

 友二は苦笑いしながら手元のビールを、ちょっと飲んだ。理乃も、苦笑い

を隠さずパスタをフォークでくるくるっとまとめ、口に運んだ。

 

 月曜日の夜の街は、どこか活気に満ちている。週末に充電した人々が、

気力を振り絞って1日仕事をしたその清涼感が、行き交う顔に見え隠れ

する。

 友二と理乃も、少し黙って店内のガラス窓からそんな人々の表情を

見つめていた。

 「で、その映画どうなったの」

 友二が切り出すと、はっと我に返ったような顔をした理乃の目が

活き活きと輝きを取り戻した。

 「案の定、お互いの仕事の上で支障が生まれて、他の社員も眉根をしかめる。

最初は動物みたいに愛し合っていたけど、その上司には妊娠中の妻が

いたから敬虔なクリスチャンだった主人公は自分のやっていることに後ろ

めたさを感じてたまらなくなる。結局、最後は大喧嘩の末、醜い罵り合いよ」

 「ふうん」

 ふうん、ね・・・・・・。理乃は少しギクリとした。もしかしたら、と思ったことを

ずばり友二に問うてみる。

 「友二、職場恋愛してるの?だったら、ごめん」

 「まさか。そんなヘマしないよ」

 「だよね」

 よかった。私と同じ意見だったようだ、と理乃はホッとした。彼女の悪いところは、

夢中になった事柄に対して少し配慮が欠けるところ。それは彼女自身よく分かって

いて、‘もし相手が友二じゃなく上司と不倫関係にでもある友人だったら(それを

隠していたら)、私はその友達を失うなあ’と頭の中で反省した。

 友二はそんな理乃のすぐに熱くなる性格をよく分かっていて、しかも彼は

身内のよしみでそれを欠点と思っていない。「おもしろおかしく」思っている。

 「ま、よっぽどその映画、視聴者の思うとおりの内容だったってことだな。

しかしな理乃」

 友二がグイとテーブルに身を乗り出した。暗めの照明が、彼の縁なしメガネ

に影を作る。理乃は何事かと構える。

 「タブーは、犯すためにある」

 理乃は、小さく開けていた口を閉じ、唾を飲みこんだ。

 

     

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