+++ さよならウリュウアイス +++

 

 卒業式が終った。

 私は教室に残り友達と写真を撮ったりしながら、別れを惜しんだ。

 誰もが目に涙を浮かべ、再会を約束し合う。

 もう、誰にも守ってもらえないんだ。今までは‘学校’という大きな船に乗った、乗組員の気持ちで、どこか

甘えていた。

 4月から短大に行くけれど、高校時代のように‘学校’から守ってもらえないということは、うすうす感づい

ていた。

 

 さようなら、この居心地のいい、私の学校。

 

 部室に行くと、たくさんの花束が待っていた。先に来ていた有香と洋子が、すでに後輩から大きな

花束をもらい、大泣きしている。

 「麻生先輩、おめでとうございます、寂しくなります」

 坂本真理が、涙で顔をくしゃくしゃにしながら私に花束を渡した。確か、部を引退した時も泣いている

この子から花束をもらったな、と、私が思っていると、他の後輩からも両手に抱えきれないほど手渡され

た。

 部室の前で監督の先生も交えて写真を撮り、まだ3月の冷たい風が私の頬を撫でた時、後輩の1人が

あっ、と言った。

 彼女の見た方向を見ると、皆川君が自転車置き場にいた。卒業証書の筒を脇に抱え、彼もまた、すさ

まじい数の花束を抱えていた。

 友達の男子数人と話しているのだが、皆川君に写真を撮ってもらおうとチャンスを狙う下級生たちが

とりまきのように周りに立っている。

 「先輩・・・・・・、皆川さん、すごいですね」

 「そだね」

 私は、予想はしていたけれどちょっと呆然として、その光景を見つめる。すると、皆川君が部室の前で

自分を呆然と眺める私を見つけたらしく、友人にじゃあ、というふうに手をあげてこちらに走ってきた。

そして私に笑いかけこう言った。

 「帰ろうか」

 

 私たちはバスに乗った。卒業式を終えて帰る同級生やその母親、一般の乗客の中で、花束を持っている、

ということだけでもかなり目立っていた。ましてや、私の隣りは有名人だ。

 私たち2人は無言のまま、というより花が顔の前にあるので邪魔をして一言もしゃべることができなかっ

た。

 「次は竹富、竹富」

 アナウンスがしたとき、突然皆川君が降車のボタンを押した。私はあっけにとられて一瞬「え?」と声に

出す。

 乗り継ぎであるJRの駅は、まだまだ先。いったいどうしたのだろう、と皆川君の学生服を引っ張った。

 「いいから」

 と声に出さず口を動かして、私の目を見た。ひどく、嬉しそうだ。一体彼はどうしてしまったんだろう。

 ポーカーフェイスの彼が、さっきからうきうきとして見える。

 竹富につき、人のあいだをぬってどうにか降りた。気がつくと、私が遅れないように彼が手を引いてくれて

いたらしく、私たちは片手で花束を抱え手を握りあっていた。乗客ほぼ全員が私たちを注目するなか、

バスは去っていった。

 「ねえ、こんな所で降りてどうしたの」

 「いいから」

 またこう言って、バス通りから一歩裏路地に入る。私もそこは、入ったことがない道だ。民家が建ち並ぶ中に、

見落としてしまいそうな小さな商店があった。

 「おばちゃん、こんにちは」

 皆川君が声をかけると、奥からエプロンをつけたおばさんが出てきた。

 「あらすごい花。今日は卒業式やったん?おめでとう。あらあ、彼女きれいな人やね」

 「そうやろ。あ、ちょっと花下に置いていい?」

 私は顔を赤くしながら皆川君とおばちゃんが親しく話す光景を見ていたが、どうしてもわざわざバスを途中

下車してまでもここに寄った理由が分からないでいた。

 すると、皆川君はアイスのケースに手を伸ばし、ふたを開けた。そして、手にウリュウアイスのカップを2つ

持って、私に差し出した。

 「ウリュウアイス!どうして!?」

 私は嬉しくってたまらず、飛びあがった。この瓜生高校名物ウリュウアイスは、高校の売店でしか買うことが

できない。だから、地元の、特に卒業してしまったOBにとっては食べたくてもなかなか食べることができない、

幻のアイスなのだ。私はこのアイスが好物なので、卒業するともうアイスともお別れか、ということも寂しい一因

だったのだ。

 「業者さんに知り合いがいたからね、いくつか分けてもらってるんよ。あんた、それがすごい好きってね」

 おばちゃんがニコニコと笑いながら、私を見た。皆川君は、すでに木のスプーンを2つ取り、私の手に乗せ

ていた。

 「俺この前、練習終って帰りに喉が乾いて。たまたまここに寄って、見つけた。陶子、たまらんやろ」

 「うん、たまらん」

 私は心底嬉しくって、というより、私のためにとっておきのこの場所を案内してくれた皆川君の不思議な優し

さに、言葉に表せないほど、彼への愛しさを感じた。

 

 私たちは店の中に置かれてあるベンチに腰掛けてアイスを食べ始めた。

 と、奥の部屋で電話が鳴り、おばちゃんの姿が消えた。奥のほうで大声でしゃべる声が聞こえる。どうやら

友達みたいだ。

 ふと視線を感じて顔をあげると、皆川君の視線とかちあった。

 その目に、私は少しドキリとする。皆川君が飛び込み板から下を見る、そんな真剣な目だったから。

 どちらともなく、顔を近づけた。私は緊張のあまり、目をつむる。

 

 私たちの初めてのキスは、卒業式の帰り道、ウリュウアイスの冷たい感触と、ほのかな抹茶の香りを唇に

残した。

 

 奥ではおばちゃんの大声でしゃべる声がまだしている。私と皆川君は、ずっとキスをやめなかった。

私は目をつむったまま、‘今日’を、きっと死ぬまで忘れないと確信した。

 

 さよならウリュウアイス。また食べに来ます、2人で。

 

     


Copyright  kue All rights reserved.
Never reproduce or republicate without written permission.

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送