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-適材適所・5-

 

 「え?赤野副編ですか?ああ、いますよ、ちょっと待ってください」

 腕時計を見ると午後9時だった。赤野が編集部を一歩出た所で、そんな電話のやりとりが聞こえた。思わず

立ち止まる。後ろに続いていた部下たちを先に通らせ、赤野は引き帰した。

 「副編、お電話です。女性から」

 ジョセイカラ、という部分を大げさに大きな声で言った男の部下を軽く苦笑いで睨んで、受話器を受け取った。

 「はい赤野です」

 「恩田です」

 すぐには言葉が出なかった。子供みたいに狼狽する。固まっている赤野を、受話器を渡した部下が珍しそう

に見ている。

 「あの、今から会いたいのですが、会えますか・・・・・・?」

 電話の向こうの優妃は、消え入りそうな声だった。

 

 赤野が決めた店の前で、優妃はバッグを握り締めて待っていた。人通りの多い道路沿いだ。趣味のいい

イタリア料理の店のようだった。優妃の目の前を通り過ぎる人々は、みなそれぞれに自分の目的地目指して

足を急がせているか、ペアになって楽しげに歩いている。

 目的地目指して、足を急がせている・・・・・・。

 ぼんやりと人ごみを見ていると、急に左隣から声が降ってきた。

 「待たせたかな」

 赤野が、肩で息をしながら立っていた。その姿を見た瞬間、優妃は意識がないほど頭が真っ白になった。

 

 私の適所。ワタシノテキショ。この人しかいない。

 

 気がつくと、赤野の胸に身体を放りこませた。ドシン、と、赤野はその衝撃でよろけた。

 目が点になったまま、胸に飛びついた優妃を呆然と見下ろしていた彼は、優妃の両手が背中に回され

ジャケットを強く握り締めていることに気付いた。

 

 夢中で赤野にしがみついた優妃は、次の瞬間急に苦しくなった。グッ、と息ができないほどだ。なぜかというと、

赤野が自分を抱きしめているから。強い強い力で、優妃は抱きしめられていた。

 胸につけた顔をグっと上にあげたと同時に、赤野に唇を奪われる。

 暖かかった。

 暖かさを求めて、優妃はもっと、もっと奪われたし、赤野は感情をぶつけて唇や頬、額を奪う。

 2人ともお互い、気が遠くなるような抱擁を続けた。

 ー適材適所ー・・・・・・

 抱擁に喘ぎながら、優妃は呟いた。え?と赤野は聞き返したが、もう彼はそれ以上その意味を聞き出そうとは

せず、くちづけを続けた。聞く余裕がない、というのが今の赤野だった。

 

 もう、周りの誰が見ていようといっさい関係がない。そのまま、いったん身体を離し、駐車場に止めてあった

赤野の車まで足早に歩き、乗り込んだ瞬間、再度2人の思いは爆発した。

 

 赤野の抱擁を唇や首に受けながら、優妃は流れてくる涙を止められなかった。

           

                                              ー適材適所・おわりー

      


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