+++ 包装の神様   +++

 

 こんなに素敵にしてもらって、本当にいいんですか。サービスですか。

 詩織がラッピングをすると、客は必ずと言っていいほど驚きの表情と共にこの

ような賞賛の言葉を発する。

 もちろんです。どうぞまたおいでくださいませ。

 嬉々として鮮やかな色とりどりのリボンや包み紙の素材に目を奪われながら

店を出て行く客を、詩織は幸せな気分で見送る。

 

 詩織は、九州の小さな町の小さな高校を卒業すると共に、東京へ出てきた。

 何もつてを持たない詩織は、始めは苦労した。住む所を探し、職を探し。

けれど、何も考えず郷里を飛び出したのではない。彼女には、夢があった。

 幼い頃から、‘物を包む’ことが大好きだったのだ。

 母からもらった、色んな包装紙の切れ端やリボンの切れ端。大切に集め、

ぬいぐるみやノートなどを包んでは喜んでいた。

 そしてそれらは、周りの大人を驚かせた。包み方しかり、丁寧さしかり、独創性

しかり。

 ただやたらと包むのではなく、教えられたわけではないのにキャラメル型、キャン

ディ型であったり、庭の花を一輪摘んできてリボンにアレンジしたり。

 小学生のセンスでは考えられない、高度なものを、詩織は持っていたのだ。

 「一生ラッピングして暮らしたい」

 笑われるような言葉だが、詩織は高校卒業時にそうかたく心に誓った。

 そして上京し、コンビニのアルバイトで貯めたお金でラッピングコーディネーター

の資格を取ると、その腕を買われて全国で展開するシンプルでナチュラルな

とある雑貨店の、東京本店に就職が決まった。

 

 「詩織さんは、なぜ包むことが好きなんですか?」

 客を見送っていた詩織は、その言葉に振り向いた。同じくこの生活雑貨店の

社員である美咲が、1円玉をレジに入れながら続けた。

 「詩織さんがラッピングしてる時って、とても嬉しそうで楽しそうなんですよね」

 「楽しいですよ、やっぱり。なぜ・・・・・・って言われても、答えはでないなあ。

ただ、楽しいだけ。プレゼントを買って帰るお客さんの喜ぶ顔も嬉しいし、

送られて喜ぶだろう人の顔を想像するのはもっと楽しい」

 生まれながらの包み人ですよね・・・・・・と、美咲は呟きながら、妙に神妙な顔で

頷いた。

 「いらっしゃいませ。ありがとうございます」

 1人の女性が、マグカップを4つ手にしてレジに来た。詩織は微笑んで迎える。

 「あのう、プレゼント用にしたいのですが」

 「はい、そのようにラッピングいたしますね。失礼ですけれど差し支えなければ、

贈られる相手の方はどんなイメージの方ですか?」

 「あ、ええと。友達なんですけど、明るい人です」

 突然そのような質問を受けた女性は戸惑いながらも、照れ笑いを浮かべてそう

答えた。明るい人ですね、と詩織はニッコリした。

 彼女は必ず、包む時にこのような質問をすることにしている。なるべく贈られる

相手の立場に立って包みたい。それは、彼女の揺るぎ無いポリシーだ。

相手の感性、イメージにしっくりくるもので包まれたプレゼントを用意したい。

きっと喜びが倍増されるはずだと思うからだった。

 

 その女性が満面の笑みで品物を受け取り、帰っていくと同時に、次の客がレジに

来た。対応は美咲がしたが、詩織は思わずその客である男性に目が吸いついた。

 「いらっしゃいませ。ありがとうございます」

 「すみませんが、贈り物にしたいのですが」

 「かしこまりました。では先にお会計をさせていただきます。詩織さん、ギフト

お願いします」

 はい、と答えてレジカウンターへ近づく。つと、男性の目が詩織に移った。

 別にその男性は意識して詩織を見たのではなく、条件反射で目を上げただけ

なのに、詩織はなぜか動揺し、鼓動が早くなるのを感じた。

 「恐れ入りますが、差し支えなければ・・・・・・。相手の方はどのようなイメージで

いらっしゃいますか?」

 「え?イメージ。」

 一瞬男性は驚いて聞き返した。それも仕方がない。店内を賑わせている客は

ほとんどが女性で、きっと彼は勇気を持ってここにきているに違いない。そして、

送る相手は女性に決まっているからだ。

 まずいこと聞いたかな。詩織は、少し後悔した。けれどその男性は、ふと微笑むと

視線を宙に移し考えるような表情をした。また詩織は、胸が大きく脈打った。

 「女性です。やんちゃな女性です」

 やんちゃな。ぽかんとしそうになったが、あまりにも男性が嬉しそうに笑っているので

詩織も笑ってしまった。

 「やんちゃ、なイメージ、ですね。少々お待ちくださいませ」

 ラッピングをする専用スペースで彼が購入したチャイのセットを包みながら、詩織は

横目でチラリと彼の姿を追った。レジに背を向け、何気なくポストカードを見ている。

そのがっしりした背中に、暖かそうなこげ茶のウールコートが似合っている。仕事帰り

のようだから、どこかこの近くの会社に勤めているのだろうか。

 彼のような男性からプレゼントを贈られるとは、どういう気持ちだろうか。少し、うらやま

しい。詩織は、そっとため息をついた。

 

 その日、1人暮しの部屋で詩織はホットココアをすすりながら、雑誌をめくっていた。

ラッピングに関する雑誌で、‘今月の包む人’というコーナーに詩織のインタビュー記事が

載っている。

 今彼女が手を止めたのは、折り目をつけてある他のページ。テーブルコーディネーターや

フラワーラッピング関連の記事が載っているページだ。興味があるので、いつかそれらも

勉強してみたいと思っている。

 思い立って、包み紙やリボンを整理している作業机に向かった。ぼんやり座り、今日

の男性を思い浮かべた。素敵な男性だった。そしてもう1度、贈られる女性をうらやま

しく思い、長く深いため息をついた。 

 

 人のために贈り物を用意する私だけれど、自分には決して贈られない・・・・・・。

 

 それから1ヶ月ほどたった寒さが続く2月の中旬。その日は詩織は遅出だったので、

午後12時半頃出勤した。

 店のギャルソンエプロンをつけカウンターに出向くと、美咲ともう1人アルバイトの

加奈が接客していた。

 2人は詩織の顔を見て、「あ、来た来た」と待ち遠しい顔をした。

 「詩織さん、お客さまですよ」

 そう言われて紹介されたのは、小学4,5年生ぐらいの女の子と、その母親らしき

女性だった。

 すっと、その女の子が詩織に差し出したのは、小さな長方形の箱に赤と黄色のリボン

がかけられたものだった。

 戸惑う詩織に、女性が言った。

 「以前、この子がこちらでお友達にあげるプレゼントを買わせてもらったんですが、

その時のラッピングがとっても凝っててかわいくて、この子感動したらしいんです。それ以来、

家にあるものあるもの包んで大変」

 美咲と加奈、詩織は微笑んだ。こんな小さなお客さんに感動してもらえたなんて、と

詩織は誇らしさでいっぱいになる。

 「それでこれは・・・・・・、ほら、自分で言いなさい」

 母親に促され、頬を赤くした少女は小さな声で詩織に言った。

 「私からのプレゼント。お姉ちゃんありがとう」

 「あ、でも中身は飴玉なんです、ごめんなさい」

 申し訳なさそうに言う母親と、笑顔の少女を交互に見て、詩織は身体中に暖かい

血が通ってくる感覚を覚えた。

 私にプレゼント?私のために、ラッピングしてくれたの?

 これが、贈られた相手が感じる嬉しさだったんだ。改めて、発見したその喜びで、

礼を言いながら受け取る詩織の手は小さく震えていた。

 「この子にとって、あなたは神様なんですよ」

 帰り際、母親がそっと詩織に言った。

 「志賀直哉みたい」

 照れ隠しに詩織がつぶやく。去っていく親子の後姿を見ながら、美咲と加奈がえ?と

聞き返す。

 「小僧の神様ってあったから」

 文学に詳しくない2人は、へえ、と感心げに言った。

 その時、レジカウンターに大きな人影が近づいた。3人が3人とも、その人物に注目する。

あの、男性だった。詩織は息が止まりそうになる。

 男性は、店のおもてに陳列してあった小さな観葉植物を手にしていた。

 彼はカウンターの一番端にいた詩織に、真っ直ぐに近づいてきた。

 「すみません。これを、贈り物用にお願いしたいんですが」

 「はい」

 会計を済ませ、今度は緊張で震える手でお釣りを返す。彼女のひやりとした手に、彼の

大きな手は暖かかった。

 「失礼ですが、よかったら相手の方はどのような・・・・・」

 「ええと、年の頃は50代。自分の母親なんですが、元気な感じです」

 「お母様ですね、かしこまりました」

 少々お待ちください、と言いかけた詩織に、男性はこう告げた。

 「以前こちらで、あなたに包んでもらいまして。婚約が決まった従妹に贈ったら、とても

喜んでくれました。ですので、久しぶりに渡す母の誕生日プレゼントも、ぜひあなたに

包んでもらいたいので・・・・・・」

 少しはにかんで早口に言う彼は、どこか嬉しそうだった。

 できあがったものを手に取って、詩織を見た男性はまた、はにかんだ顔をした。

 「ありがとう。」

 

 また、と去っていく男性の後姿を、詩織は見つめた。美咲は既に次の接客をしており、

加奈は商品棚のチェックへ向かったが、詩織はちょっと動けなかった。

 嬉しい事が立て続けに2つも。東京に出てきて10年経つが、こんな気持ちに包まれた

のは初めてだった。

 「また」

 確かに彼はそう言った。

 「ぜひ、また」

 詩織は、小さく呟いた。

 

    

Background photo by MIYUKI PHOTO.

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